株式会社 構造ソフト

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■朱鷺メッセ連絡橋落下事故(判決)



落下は設計ミスにあらず! 朱鷺メッセ連絡橋落下事故の裁判

2012年4月23日
株式会社 構造ソフト
代表取締役 星 睦廣




1.構造設計者が勝訴!


 2003年8月に起きた朱鷺メッセ連絡橋落下事故を受け、新潟県は設計・施工・監理を担当した計6社に対して、約9億円の損害賠償請求の訴訟を起こしました。

 その裁判は7年を越え、約50回の準備弁論・口頭弁論を経て、判決文は約200ページに渡るもので、その主文は「原告(新潟県)の損害賠償請求を棄却する」というものでした。(2012年3月26日)

 つまり、連絡橋の落下事故は確かに起こったが、落下事故が無かったかのように「被告6社には賠償責任がない」との判決になったわけです。

 通常ありえない判決のようですが、これをどう解釈すればよいのでしょうか。

 この落下事故は、地震もないときに自重だけで落下したという自然落下ですから、この状況は、構造設計になんらかの重大なミスがあったであろうと推測されるように、構造設計者の責任がまず問われる裁判になりました。

 しかし判決では、構造設計者に賠償責任を問えないという結果になったわけです。

 落下事故が起こった以上、何らかの問題が存在したことは確かであり、裁判においてはその問題がどこに起因しているのか、していないのかを原告や被告が弁論のたびに答弁書を提出し、一つ一つ立証していくことで問題点が絞られることになります。

 その意味では県は事故調査委員会を設置して、多くの先生方に依頼して報告書をまとめあげているため、構造設計者一人でそれに対抗しようとしても勝ち目がないと思われました。

 しかし、構造設計者であるSDG代表の渡辺邦夫氏は、高いプレゼンテーション力にて、工学的で難解な話を裁判官に分かり易く説明し、技術的争点を明確に整理される等、真相を真摯に追求する姿勢はこの度の判決に少なからず影響を与えることになったと言えます。

 敗訴した側の県は、被告3社に対して「控訴」をしました。(2012年4月9日)
被告は県と直接契約を締結した槇総合計画事務所(設計)、第一建設工業(施工)、新潟県建築設計協同組合(設計・監理)の3社です。

 控訴の被告に構造設計者は含まれていませんので、これにて構造設計者の責任を問うた裁判は、構造設計者に賠償責任は無いとして決着がついたことになります。



2.連絡橋が落下した原因は?

 落下の原因について県は次の3点を示しました。
 (1)斜材ロッド定着部に設計ミスがあったこと
 (2)定着部には設計図書のとおりに補強筋が配筋されていなかったこと
 (3)ジャッキダウンの際に本件定着部に損傷が生じたこと
 これらの欠陥原因が複合して定着部のクリープ破壊に至るとの「ロッド定着部破断説」を主張しました。

 一方、構造設計者は鉄骨上弦材の溶接部の欠陥により、そこから破断が始まったという「上弦材鉄骨破断説」を唱えました。

 裁判において、何ゆえ落ちたのかは重要で、原因究明のための実験等も伴い、ここに最も多くの時間が割かれました。

 県が主張する「ロッド定着部破断説」に対して、構造設計者は強い精神力と技術力で、7年間に渡り現場実験や実験室実験を伴う検証をして十分な耐力があった事を示し、県の主張に反証しました。

 そして判決文は、次のように述べてこの「ロッド定着部破断説」を排除しました。
「・・・そうすると、本件においては、設計ミス等の三つの欠陥原因が複合して本件定着部がクリープ破壊したと認めることはできない。」

 橋梁や建物において、構造設計のミスにより完成後数か月で自然落下に至る事例は今まで無いことから、単なる設計ミスがあったというレベルよりは、なんらかの決定的な欠陥が存在したと考える方が現実的です。

 構造設計者が主張する「上弦材鉄骨破断説」について、裁判でどう扱われたのかを見てみます。

 新潟県における2月という真冬の寒い時期に、それも最大風速が11m/sと言う溶接をしてはいけない最悪の日にも現場溶接をしていましたから、溶接部の欠陥は少なからず生じていることになります。

 この点については県側も上弦材鉄骨溶接部のR27破断箇所(図1参照)において溶接欠陥のブローホールがあることを認めています。

 鉄骨の現場溶接にて欠陥であるブローホールを作った施工業者は、被告6社に入っておらず、その後この施工会社は倒産いたしました。

 この溶接欠陥は「何ゆえ落ちたのか」を決定づける重要な原因となるところでしたが、倒産のためこの業者を追求することも出来なくなりました。

 構造設計者は上弦材の溶接欠陥部分が破断し、ここが起点となって落下が始まったとして、コンピュータシミュレーションにて再現しています。

 また溶接部の欠陥による耐力不足を実験で証明するために、県側が倉庫にしまっている鉄骨溶接部の現物の貸し出しを求めました。

 現物があればその溶接欠陥であるブローフォールを再現することで、どのような環境化で溶接したかや溶接欠陥時の耐力不足がどの程度なのか、溶接欠陥がどの範囲に渡って生じているのかも調査することができ、原因究明には欠かせないところです。

 しかし事故原因を徹底的に追求しようとしても、県側は鉄骨溶接部に関わる部分の貸し出しをしてくれません。

 構造設計者は残存鉄骨部分を倉庫から出させる目的で、鉄骨の鑑定請求権があるとして反訴をしましたが、請求権の法的根拠が明らかでないとして退けられました。

 これは民事訴訟の場合、自身に不利益となる証拠や事実を自ら出す必要がないことが認められており、また裁判所は提出された「証拠」や「事実」だけをもって判決することが原則となっていることによります。

 倉庫から出せないなら原因究明が出来ず、決定的な証拠を提出できない以上、判決は厳しいものになってしまいます。

 結局、裁判は7年以上に渡り、欠陥溶接部の耐力試験もできないまま結審することになりました。

 もしわずかな期待を掛けるなら、裁判官も人の子のはずで、原因究明に誰が一生懸命だったのか、そうでなかったのかは、一部始終を弁論の中で見て聞いて分かっているはずだから・・・と、裁判官に託するしかありませんでした。

 
そして、判決の日。(2012年3月26日)

 構造設計者の唱えた「上弦材鉄骨破断説」について、判決文では次のようになりました。

 「・・・そうすると、本件証拠上、R27上弦材の破壊が本件事故の崩壊起点であった可能性を完全に排斥することができない。」

 つまり「証拠が不十分で、ここが崩壊起点であったことを完全に証明しきれていないが、崩壊起点であった可能性は残っている」というものでした。

 また、県側に対して原因究明に積極的でないことを次のように指摘しました。

「“上弦材鉄骨破断説”を否定するなら、“ロッド定着部破断説”の究明を実験やシミュレーションを通して行ったように、鉄骨溶接部の欠陥についても、実験や現物の詳細な調査等を含めた科学的な検証による裏付けをすべきだがそれが乏しいといわざるを得ない。」

 そして判決文の”結論”の項で、裁判官は業務上書ける範囲の言葉を尽くして次のように記述されました。

 「本件本訴の提起から7年以上の月日が経過し、原告が主張する本件事故原因を立証できない以上、原告の本訴請求は棄却を免れないものである。」

 つまり、この判決文を直接的な言葉に置き換えると次のようになります。

「構造設計者が落下の原因究明に尽力しているのに対して、原告はそれに協力しようとせず、また原告の主張を補うためにも鉄骨溶接部のさらなる究明を要するがそれも今までしてないことから、落下の原因を被告に責任転換することはできず、原告が責任を担う落下事故とするほかない。」

 そして判決主文にて「原告の損害賠償請求を棄却する」との言葉を使って、落下事故の責任分担を原告が100に対して被告をゼロとしました。


3.発注者の県が何故責任を持たねばならないか?

  連絡橋落下事故は工学的な問題ととらえがちですが、落下に至る要因を別の視点でみると、施主であり統括責任者でもある県の不適切な采配(発注・指示・命令・スケジュール)に起因していないのか、という問題点が見えてきます。

 例えば、溶接部の欠陥は最悪の天候の日に作業をした業者の問題ですが、年度末の納期厳守を設定して、悪天候でも強行して作業をしなければならない無理な采配を県側が強いていなかったのか。

 また、構造設計者不在のまま、県の不適切なジャッキダウンの指示により損傷させたとするなら、連絡橋の完成時には既に各部に損傷を生じさせていたことにならないか。

 特殊な構造である連絡橋の工事監理を構造設計者に発注しておらず、工事監理が不十分なために欠陥の発生や、完成前の損傷を見逃す事になっていないか。

 構造設計の発注は、新潟県>協同組合>地元の設計事務所>槇総合計画>SDGと責任の所在が見えなくなるくらいの再委託(丸投げ)・・・。
 再委託は県の許可を必要としているため、県も承知の上での発注のはずで、これで業務が機能する発注形態と言えるのか。

 発注者側の責任に関しては、次の「その実態から私が見たもの」の4.項以降に詳細に記述をしています。

[朱鷺メッセ連絡橋落下事故/その実態から私が見たもの]

1. はじめに
2. 裁判の行方は?
3. 鉄骨溶接部の欠陥
4. ジャッキダウン時になぜ大変形したのか?
5. 構造設計者不在の監理体制と施工者の責任
6. 発注者の責任
7. 工期厳守の至上命令そして落下
8. 構造設計者の責任
9. 終わりに

4.最後に

 県の控訴により、連絡橋落下事故の裁判は今後1年〜2年続くのでしょうか。
 控訴審は県側より新たな真相が出せるのかに掛かっており、7年かかってできなかったことからすると、県側にとっては厳しい裁判となりそうです。

 今回の裁判は、構造設計者にとって四面楚歌という不利な状況下にもかかわらず、たった一人で真実を追求して戦い、建築構造設計者に勇気を与えることになるとの意味において、大変大きな意義を残したと言えます。

 またこの裁判を通して思うことは、構造設計者が意図した通りの品質と性能を発揮するために、構造設計者が担う部分の監理業務は欠かすことができず、構造設計者が自ら監理を受注して施工までの責任を果たすのは必須事項といえます。

 朱鷺メッセ連絡橋落下事故の裁判は、様々な教訓を残したような気がします。
 構造設計者の方は、この事故を他人事ではない、何かを感じたかと思いますが、その何かを明確にして、今後の設計業務に生かして頂きたいと願います。

 長い裁判となりましたが、本文を通して最後までお付き合いを頂きました皆様へ感謝を申し上げます。

 また、渡辺邦夫さんの事故原因を究明する真摯な姿勢に敬意を表すると共に、渡辺邦夫さんが裁判以前のように設計のみに没頭できて、またご活躍されますことをご祈念申し上げます

株式会社 構造ソフト
代表取締役 星 睦廣




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